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札幌高等裁判所 昭和48年(ネ)221号 判決 1975年3月27日

控訴人

右訴訟代理人

下坂浩介

外一名

被控訴人

右代表者

稲葉修

右訴訟代理人

山本隼雄

外五名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金一六、五〇三、三六六円及び内金一五、〇〇三、〇六〇円に対する昭和四四年四月一五日から、内金一、五〇〇、三〇六円に対する昭和四八年八月一七日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、当審において請求を減縮したうえ、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し金八一、七四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年四月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。<後略>

理由

一本件事故の発生

控訴人主張の請求原因一項の1ないし3の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件事故は、控訴人が支柱を途中まで登つて、そこにあつた針金の切断をすませ、さらに上部にある針金を切断するため支柱を登ろうとして上方の横木に手をかけた途端に発生したものであることが認められる。右認定に反する証拠はない。

二被控訴人の責任

1  刑務官が国の公権力の行使にあたる公務員であり、本件事故が刑務官の指導監督による刑務作業中に発生したものであることは、当事者間に争いがない。

2  ところで、刑務所は在監中の受刑者の生命身体の安全を確保するにつき責任を負うべきものであり、このことは、受刑者を定役としての刑務作業に従事させる場合にももとより当然といわねばならない。しかして、刑務作業は強制作業である性質を有し、常に刑務官の監視、監督を受けることはもちろん、作業の種類・方法等につき受刑者の自由に委ねられる範囲が極めて小さいことからして、刑務官において事故防止のためとるべき措置は、一般社会において作業監督者に要請される措置よりさらに高度のものでなければならないというべきである。殊に本件のように危険の大きい高所作業に従事させる際には、受刑者は一応の技能を有していたとしても、通常専門の労務者に比し技能が劣ることが予想されるのであるから、その企画・指導・実施にあたる刑務官としては、受刑者の作業中の事故の発生を未然に防止するため適切な措置をとるべき高度の注意義務を負つているものといわねばならない。以下この観点から本件事故の際の刑務官の過失の有無につき検討する。

3  まず刑務作業は、矯正教育の一部であり、かつ、職業訓練的な目的をも含むものであるから、受刑者を高所作業に従事させることは、それが多少の危険を伴うものであつても、その者の健康、技能、職業、将来の生計等を考慮して選定する限り、許されないものとはいえない。しかして、<証拠に>よれば、控訴人は受刑前三年間高所作業に従事するいわゆる鳶職の経験を有しており、同人自身は必ずしも鳶職を将来の職業として希望してはいなかつたとはいうものの、同人の義父が鳶職であり、実母も控訴人を同じ職業につかせたい希望を持つていたので、刑務官は、右の事情を考慮して控訴人を営繕夫に選定し、初めのころは左官等の仕事をさせてその技量をみたのち、やがて高所作業にも従事させていたものであつて、所内での経験も約一年半になり、本件程度の作業は十分こなしえたものであることが認められる。当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。そうしてみれば、控訴人をして本件作業に従事させたこと自体を刑務官の過失ということはできない。この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

4  次に、当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  函館少年刑務所は、構内の教育室建物五か所、本件計算室建物一か所の各建物外側に外壁にそつて立てられている土管煙突とこれを支える梯子状の木製支柱が、約三年前に据えつけられたもので地震等有事の際に危険があるとし、これらをスレート煙突並びに鉄製支柱に取り替えることとなり、営繕担当技官渡辺賢一が直接の責任者となつて昭和四四年四月一〇日から作業に着手した。その実施にあたり、営繕担当主任看守田原秀雄は、右作業が高所作業を伴うところから、鳶職の経験のある控訴人、元左官で高所作業の経験のある信太秀勝、元塗装工の西村陽二、元配管工の中居義雄の四人の受刑者を選定してこれに従事させた。

(二)  作業は、平家建で作業の容易な教育室建物の分から手がけ、二階建で作業の困難な本件計算室のそれはあとに行なうこととし、前記渡辺技官の指示に基づき、大体において、信太が屋根に登つてロープを垂らし、控訴人が支柱に登り土管を横木に縛りつけた針金を切断し、積重ねられた土管を順次はずしてこれにロープの端を縛りつけ、信太がロープをゆるめて土管をおろし、地上に待機している西村・中居がこれを受け取つて荷車に積み、全部の土管をおろし終つたら、支柱の上端にロープの端を縛りつけ、逐次これをゆるめながら支柱を地上に倒して収去し、そのあとに鉄製支柱・スレート煙突を据えつけるという順序方法で作業を進め、同月一二日には教育室建物分五か所の取替作業がほとんど終了した。

(三)  この間の同月一〇日午後準備行為として控訴人が本件計算室建物の本件木製支柱に登つて横木を含めその強度等を調べ、同月一一日と一二日には、新しく据えつける鉄製支柱の支え金を埋め込む為の穴を、右建物の練瓦壁に、一階窓下に左右一個ずつの計二個、一階窓と二階窓の中間に同様の二個、二階窓の上部に同様の二個、屋根合掌の下に同様の二個を、タガネとハンマーを用いてそれぞれ幅一五センチメートル・深さ一五センチメートル位の大きさに掘つた。この穴掘り作業は、控訴人と信太が支柱に登り、これを足場としながら上方の部分を行ない、下方の部分は他の二人が行なつた。

(四)  これらの作業の際渡辺技官や田原看守は控訴人らにヘルメットの着用や命綱の使用等の安全措置をとるよう指示はしたが、実際に作業に従事する控訴人らの意見を尊重して強いて実行を求めることはしなかつた。前述の一〇日控訴人が本件支柱に登つて横木を一本一本足で蹴つて強度を調べた際、本件横木の支柱外に出た部分の端が折れて落ち、付添の斉藤看守はこれを目撃したのに、控訴人から「なんともない。」と言われるや、右横木を補強するとか除去するとかを指示し、ないしはなんらかの注意を与えることをせず、これを渡辺技官や田原看守に報告することも、他の付添看守に申し送ることもしなかつた(右事実のうち、控訴人が本件支柱に登つて横木を一本一本足で蹴つて強度を調べた際、本件横木の端が折れて落ちたこと、これに対し斉藤看守がなんらの指示、注意も与えなかつたことは、当事者間に争いがない。)し、翌一一日支え金の埋込み穴を掘る作業をするとき、渡辺技官や右斉藤看守は、「丸太で梯子を作つて足場にした方がよい。」といつたんは指示したけれど、控訴人らからその必要はない旨言われるや、安易に右指示を撤回してしまつた。

(五)  本件事故の起きた同月一四日、看守林春雄が付添い、午前九時すぎから本件支柱等の撤去作業に取りかかり、前記(二)のとおり信太が屋根に登つてロープを垂らし、控訴人が支柱を登つて土管をはずしロープに縛り、信太がロープをゆるめて下に降ろし、地上で西村、中居が受け取る方法で、逐次上から土管を降ろした。ついで支柱の地上から上部までの間何か所かに補強の目的で用いられてあつた支柱と建物とを結ぶ針金を切断することになり、一たん地上に降りていた控訴人が切断用のペンチを手に持つて再び支柱に登つた。この際、その少し前から休憩に入つた林看守とかわつて付添についていた看守村端博が、控訴人に対し屋根にいる信太が垂らしたままにしていたロープを命綱として腰に巻きつけるよう指示したけれど、控訴人は必要がないとしてこれに従わなかつた。さて支柱を登つて行つた控訴人は、まず二階の窓の庇付近にあつた針金の切断をすませたうえ、さらに上部にある針金を切断するため支柱を登ろうとして上方の本件横木に手をかけた途端、右横木がその一端の腐朽部分が固定していた釘から抜けて控訴人は約四メートル下の地上に仰向けに転落して、本件事故となつた。

以上のとおり認められる。<証拠判断省略>

さて、以上認定の事実に基づき考察する。本件事故は針金切断のため支柱を登つていたときの事故であるから、その以前の土管おろし及び支え金の穴掘り作業の際の安全措置についてはこれを措き、本件と直接の因果関係のある措置についてみると、まず、本件支柱は約三年間野外に設置されたものであるから、腐触により、いずれかに危険な箇所を生じていることを疑うべき状態にあつたこと、のみならず一〇日控訴人が支柱の強度を確めるため登つた際、本件横木の端が切損したのであるから、これを現認した斉藤看守は、爾後支柱取替作業完了に至るまで幾度も本件支柱が足場がわりないし梯子がわりに使用されることが予想されることにかんがみ、上司に報告して指示をうるなり、申し送りをなすなり、あるいは、みずからの判断で右横木を補強させておくべきであつた。次に事故当時控訴人が針金切断のため支柱を登る際には、高さが約一〇メートルもあること、支柱に前示のとおり腐触による危険箇所の存在が疑われる状態にあつたこと、これにそつて据えつけられていた土管が既に全部撤去され、それまで土管が固着されていたことによりいくらかは補強されていた支柱、横木の弱い部分が、その弱さをまともにあらわす状態になつたこと等にかんがみると、村端看守は、危険を避止するためなんらかの措置に出るべきであり、前示認定の事情のもとでは、控訴人に次のような用法での命綱を使用させることができ且つさせるべきであつたものと認めるのが相当である。すなわち、控訴人が屋上の信太が垂らしていたロープの端を腰に巻いて縛り、信太は屋上で、要すればロープを支柱上部にひと巻きして支点としたうえ、まず一方の手でロープを掴み、さらにこれを腋の下から背中を回して向う肩から前に垂らし他方の手で掴み、控訴人が支柱を登るに応じ逐次ロープをたぐりあげる。なお要すれば、信太自身の安全を確保するため、屋上にロープを張り(成立に争いのない乙第二一号証の写真に見える、棟と直角の方向で屋根に張られているロープが、事故前既にあつたものか否か、本件全証拠によつても明らかでないが、既にあつたものならこれを利用しうることもちろんである)、これに信太の体を結びつける。このような命綱を使用させるべきであつた(なお、控訴人は、一か所に固着させる安全リリップの使用、ないし、これと同じようにロープの一端を体に巻きつけ、他端を近くの支柱等の固定物に巻きつける用法でのロープの使用をさせなかつたという趣旨で、命綱を使用させなかつたと主張するものの如くであるが、かかる使用法は、高所に相当の間定着して作業を行なう際(本件で一一日に行なつた掘穴作業などはその好例であろう)の安全措置であり、本件事故の如く支柱を登ろうとした際に手をかけた横木が折損して起きた墜落事故とは直接かかわりがない。けだし、かかる命綱であれば、控訴人が針金切断のためロープの一端を体に、他端を支柱等に結びつけて使用したとしても、針金の切断をすませ更に上方に登り始めるにあたり、これをほどいてしまわねばならぬからである。しかして、当裁判所は、前記の如く控訴人の主張と異なる用法の命綱を用さすべきであつた旨認定することは、弁論主義に反するものではないと解する。)。しかるに、斉藤看守は本件横木が切損したのを目撃しながらなんらの措置をとらず、村端看守は一応その使用を指示したものの、結果的には命綱を使用させないで漫然控訴人を支柱に登らせたのであるから、右両名とも事故の発生を未然に防止すべき注意義務を怠つたというのほかなく、本件事故は右両名の過失が原因となつているものというべきである。

5  そうしてみれば、公権力の行使にあたる公務員たる刑務官が、その職務である刑務作業の指導実施にあたり過失により控訴人に損害を被らせたものといわねばならないから、被控訴人が国家賠償法第一条第一項に基づき控訴人の被つた損害を賠償する義務を負うべきこと当然である。

6  なお、控訴人被控訴人の責任原因として営造物の設置または管理に瑕疵があつた場合に該当する旨の主張もしているが、本件は先きに認定したとおり、地震等の際危険を生ずると思われる古い本件木製支柱を取毀し鉄製支柱に取り替える作業中に起きた事故であるから、本件横木が腐朽していたことが事故の一因をなしているとはいえ、取毀し作業の指導ないし実施についての過失の有無を問題とすれば足り、存置上の保全義務を前提とする工作物設置または管理の瑕疵を理由とする工作物責任をもつて論ずべき筋合のものではないから、右主張は採用できない。

三控訴人の被つた損害

1  医療費

(一)  控訴人が本件受傷により昭和四四年四月一四日から同四七年四月まで国立登別病院等で入院治療を受けたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、これに要した治療費が二、三九八、二六三円であることが認められる。

(二)  次に<証拠>によると、控訴人は昭和四七年五月以降も緑成ハイム診療所で治療を受け、昭和四八年一一月までに要した治療費が三五〇、八二一円であることが認められる。控訴人主張の昭和四七年五月以降の治療費中右認定を越える部分は、これを認めるに足りる証拠がない。

2  逸失利益

(一)  控訴人が本件受傷により両下肢知覚運動完全麻痺、尿路直腸障害の後遺症状を残していることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、控訴人は現在両下肢完全麻痺のため歩行はもちろん起立することすらできず、椅子等に坐し、車椅子に乗つて移動することができるにとどまるが、それも背・尻などに褥創ができ易いため長時間続けることができず、また、尿意・便意を全く感ぜず、時間を定めて便所に通うほかない状態にあり、将来かかる状態が解消される見込はほとんどないことが認められるから、かかる事実に労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表、労働省労働基準局長昭和三二年七月二日通達の稼働能力喪失率表を合わせ考えると、控訴人は労働能力を完全に喪失し、終生労働に従事して収入をうることが不可能であると認められる。もつとも、<証拠>によると、現在控訴人は身体障害者福祉法に基づく授産施設である緑成ワークショップに入所しており、同所で下請してきている電気部品の製作に従事し、若干の工賃をえていることは認められるが、右も授産施設に入所していればこそ可能なのであつて、いわゆる高度成長が終りを告げたといわれている今日、社会に復帰して多少とも同様の仕事に就きうるか否か、甚だ疑問といわねばならないから、右事実はなんら前記認定の妨げとなるものではない。なお、身体障害者授産施設は、身体障害者で雇用されることの困難なもの又は生活に困窮するもの等を収容し、又は通所させて、必要な訓練を行ない、かつ、職業を与え、自活させることを目的とする、純粋に社会保障的性格のものであつて、損失補償的性格は全く有しないものであるから、それへの入所によつてえられる金銭上・金銭外の利益は、逸失利益の算定にあたり斟酌すべきものではないし、損害填補ないし損益相殺の問題としても考慮すべきではないと解する。

(二)  <証拠>によると、控訴人は昭和一七年一〇月二八日生で、中学校卒業後店員、自動車運転手などをして稼働し、受刑前の昭和四一年一一月当時は土工をして日給二、〇〇〇円を下らぬ収入をえており、健康体であつたことが認められ、同人の刑期満了の日が昭和四四年八月九日であつたことは、当事者間に争いがない。そうしてみると、控訴人は、本件事故にさえあわなければ満期出所の昭和四四年八月一〇日(二六才一〇月)から稼働し、これにより中学校卒業の学歴を有する者の平均賃金に相当する収入をうることができたはずであるし、その稼働可能期間は六三才に達するまでの約三六年間と認めるのが相当である。なお、被控訴人は、控訴人が受刑前必らずしもまじめに稼働していたわけではないとの理由から、平均賃金を基礎に逸失利益を算定するのは不当であると主張する。なるほど<証拠>によると、控訴人は少年時代から恐喝、傷害等の事犯により二・三度保護処分や罰金刑に処せられていることが認められるが、懲役の実刑判決を受けて服役したのは今回が最初であり、<証拠>によると、在所中は平素まじめに働らき、更生の意欲も十分あることが認められるので、被控訴人の右主張は採用できない。

(三)  よつて労働省の賃金センサスに基づき控訴人の逸失利益額を算定する。

(1) 昭和四四年度賃金センサスの全産業常用男子小学・新制中学卒労働者の平均賃金額(以下「平均賃金額」という)は年額八二四、六〇〇円である(57300×12+137000)から、控訴人が昭和四四年八月一〇日以降一年間に受くべき収入は右同額となり、これからホフママン式年毎計算法により中間利息を控除して昭和四四年四月の事故時点の現価を算出すと、七八五、二六七円となる(824600×0.9523)。

(2) 次に昭和四五年度賃金センサスの平均賃金額は年額九七五、九〇〇円である(67300×12+168300)から、控訴人の昭和四五年八月一〇日以降一年間の収入額の事故時点の現価は八八七、一九一円となる{975900×(1.8614-0.9522)}。

(3) 次に昭和四六年度賃金センサスの平均賃金額は年額一、一〇四、七〇〇円である(75200×12+202300)から、控訴人の同年八月一〇日以降一年間の収入額の事故時点の現価は九六〇、六四七円となる{1104700×(2.7310-1.8614)}。

(4) 昭和四七年度賃金センサスの平均賃金額は年額一、二六三、九〇〇円である(85900×12+233100)から、控訴人の同年八月一〇日以降一年間の収入額の事故時点の現価は一、〇五三、二〇八円となる{1263900×(3.5643-2.7310)}。

(5) 昭和四八年度賃金センサスの平均賃金額は年額一、五三〇、三〇〇円である(105000×12+2.70300)から、控訴人の同年八月一〇日以降六三才に達する昭和七〇年一〇月まで約三二年間の収入額は、これを三二倍した四八、九六九、六〇〇円となり、その事故時点の現価は二五、五七一、六一九円となる{1530300×(20.2745-3.5643)}。

(6) それゆえ、控訴人の逸失利益額は、以上の(1)ないし(5)の金員の合計二九、二五七、九三二円となる。

(7) 以上の算定にあたり、控訴人は、実質賃金の上昇率は年五パーセントを下ることはないから、中間利息はこれと相殺されるものとして、控除すべきではない旨主張するが、高度経済成長が終りを告げたといわれる今日、将来引続き実質賃金が年五パーセントの上昇を続けるとはにわかに考え難く、右主張は採用することができない。

3  慰藉料

控訴人が本件事故による受傷のため約三年間入院生活を送つたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、控訴人は入院中前後三回にわたる手術を受け、かつ、重度の褥創にかかり相当な苦痛を受け、さらに機能回復のため相当の努力を要する訓練を受けたこと、それにもかかわらず両下肢知覚運動完全麻痺、尿路直腸障害の後遺症を残し(この点は当事者間に争いがない)、独力で歩行することはもちろん起立することもできず、車椅子での生活を余儀なくされ、尿意・便意すら感ぜず、結婚生活も断念せざるをえない状態にあること、しかもこうした状況のため年老いた母親との同居生活が困難であり、現在身体障害者施設における生活を送つていること等の事情が認められる。そこでこれらの事情を考慮すれば、入院生活中及び今後の精神的苦痛に対する慰藉料としては、後記のとおり本件事故については控訴人にも少なからぬ過失があつたことを斟酌しても、三、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とするといわねばならない。

4  付添料

前述のとおり、控訴人は両下肢が完全に麻痺していて歩行はもちろん起立することすらできず、椅子等に坐し、車椅子に乗つて移動することができるにとどまるが、それも長時間継続することができず、尿意・便意も全く感じないという状態にあるのであるから、終生他人の付添介助なしには生活することができないといわねばならない。しかし、上半身に障害はなく、車椅子に乗つて動くことは可能であるから、常時介助を要するわけではなく、仮に同居して家事をみる人がおれば、同人の家事の合間に介助を受ける程度で足りるものと認められる。そして現下の経済状勢に、<証拠>を併せ考えると、その費用は一日一、〇〇〇円をもつて相当とする。そこでその三五年間の費用から前述のとおり中間利息を控除すると、現価は七、二六九、八五一円となる(1000×365×19.9174)。なお、控訴人が現在身体障害者授産施設に入所中であることは前認定のとおりであるところ、<証拠>によれば、右入所中の所内での介護については控訴人から出捐する要のないことが認められるが、右事実を考慮すべきでないことは先きに述べたとおりであるし、付添料につき中間利息を控除すべきでないとの控訴人の主張が採用できないことは、先きに判示したところから明らかである。

5  過失相殺

(一)  控訴人が支柱を登ろうとした際ペンチを利き腕である左手に持つていたという被控訴人の主張は、これにそう<証拠>に照らしてにわかに採用し難く、他に適切な証拠もないので採用し難いのみならず、仮にそうであつたとしても、<証拠>によると、当時控訴人はこれを収納すべき袋その他のものを身につけていなかつたことが認められるから、この点を控訴人の過失とみるのは相当でない。しかしながら、前記認定のとおり控訴人は安全確認を命ぜられてみずからその目的のため支柱に登り、本件横木の端が折損したことを体験しているのであるから、折損の原因を確め、対応策を要請するとか、支柱の登り降りの際にはみずから十分注意をはらつて危険を避けるための慎重な行動をとるべきであつたし、村端看守から命綱を使えと指示されたのであるから、これに従つて当裁判所が先きに認定したような用法での命綱を使うべきであり且つ使い得たのであつて、これらによれば控訴人にも相当な過失があつたといわざるをえず、その割合は被控訴人が三割、控訴人が七割とみるのが相当である。

(二)  控訴人は、受刑者である控訴人は自主的判断によつて作業を行なうことができない立場にあるのであるから過失相殺すべきでないと主張するが、本件における控訴人の過失は前記のように、みずから選び得る行動の範囲内において注意を怠つたこと、村端看守の指示に従つて命綱を使用すべきだつたのにこれを怠つたことにあるのであつて、刑務作業が強制作業であることとなんらかかわりのない分野に属する性質のものであるから、過失相殺の対象とすることになんら支障はない。右主張は採用しない。

(三)  そうすると、控訴人が請求しうべき賠償額(後述の弁護士費用は除く)は、前記1の(一)、(二)の医療費合計二、七四九、〇八四円と2の逸失利益二九、二五七、九三二円と4の付添料七、二六九、八五一円との総計三九、二七六、八六七円の三割にあたる一一、七八三、〇六〇円と、3の慰藉料三、五〇〇、〇〇〇円の合計一五、二八三、〇六〇円となる。

6  被控訴人は、本件事件については控訴人に重大な過失があるから、公平の原則に照らし控訴人は賠償請求権を有しない旨主張するが、前認定のとおり被控訴人にも三割という少なからぬ過失が存する以上、控訴人が賠償請求権を有するとすべきは当然で、右主張は採用できない。

7  損害の填補

被控訴人が控訴人に対し二四〇、〇〇〇円を支払い、四〇、〇〇〇円相当の車椅子を交付したことは当事者間に争いがないから、これらを5の金員から控除すると、残は一五、〇〇三、〇六〇円となる。

8  弁護士費用

<証拠>によると、控訴人は、被控訴人から6記載の分以外の損害の賠償を受けられなかつたので、控訴代理人両名に本訴の提起と追行を委任し、勝訴判決があつたとき手数料及び謝金として認容額の一五パーセントを支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の難易・訴訟の経過・請求及び認容額等を勘案すると、認容額の一〇パーセントをもつて本件事故と相当因果関係にある損害とみるのが相当であり、その額は7記載の額の一〇パーセントの一、五〇〇、三〇六円となる。

四結び

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は前項7の金員及び8の弁護士費用の合計一六、五〇三、三六六円並びに弁護士費用を除く内金一五、〇〇三、〇六〇円に対する事故発生の日の翌の昭和四四年四月一五日から、弁護士費用である内金一、五〇〇、三〇六円に対する原判決言渡の日の昭和四八年八月一七日から(弁護士費用は前認定のとおり勝訴判決があつたときに支払う約定であるから、原判決言渡の日に損害が発生し、かつ、被控訴人の履行期が到来したものと認むべきである)、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。よつてこれと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 神田鉱三 横山弘)

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